私    部    さ    ん     と     君    塚    く    ん


「きさべ」
 あの人は私をそう呼ぶけれど、私はあの人の名前を呼んだことがない。他者が勝手に決めた固体識別名称に興味はなかった。私にとって「貴方」は彼一人だけなのだから貴方で十分だ。誰かは私たちを恋人だと揶揄するかもしれないが、残念ながら世間が望んでいる恋人像にある甘美さも情熱も存在しない。共依存、私たちの関係はこう呼んだ方がしっくりとくる。

 あの人はとても優しかったけれど、その優しさの根源が何にあるのかを私は知らない。それでもあの人は私に執着する。私もあの人に依存する。手をつなぎ、口付けを交わすことでさえどうでもいいもののはずなのに、気がつけば繰り返している。繰り返す惰性。
 世界は惰性でできている。そんな事実ですらどうでもいいと思ってしまう。どうでもいい世界に私たちは生きている。

 いつも穏やかに微笑んでいるあの人が、時折ひどく悲しそうな顔をすることがある。そんな時、なぜだかわからないけれどあの人をケージの中に入れて誰の目にも触れさせないように隠してしまいたい衝動に駆られる。
 その刹那、矛盾に気づく。どうでもいい世界からどうでもよくないヒカリを見つけ出してしまったのだ私は。


back / home

Copyright (C) 2008 Yuh&Ai All Rights Reserved.