夏目の歌が嫌いだった。 夏目はどんなに楽しいはずの歌でも卑屈に歌う癖がある。夏目が歌うとどんな曲でも死んだようにだらりと力が抜ける。 「知らない歌、歌ってるね」 夏目が歌を歌っていると思わず邪魔をしたくなる。無意味な焦燥感が押し寄せてきていらいらする。でも夏目はちょっとだけ機嫌のいいときに歌を歌う。 なんて曲、と尋ねると夏目は面倒くさそうに目を細めた。 「モモの知ってる曲は少ないでしょ」 「まぁね」 夏目のことを抜きにしても、音楽は好きではなかった。何を聞いても特に何も感じないし、静かな環境が好きだからか煩わしいというのが本音だ。 「これはエーデルワイスって曲」 ふうん、私がそう言ってココアに口を運ぶとすぐに話は途切れた。私は曲のことなんてすっかり忘れてココアのあたたかい甘さに浸りこんだ。夏目は甘たるい飲み物が嫌いだ。こんな小さなことですら私たちは分かり合えない。 「モモは、音楽が嫌い?」 「それもあるけど夏目の歌が嫌い」 んー、生返事をしてから夏目はまた歌いだす。 「なんで歌うの」 「気分がいいから」 私は色々諦めてから、またココアに口を手に取った。 「飲む?」 「いらない」 夏目が想像通りに顔をしかめたので、思わず笑ってしまった。こんなに分かり合えないのに夏目の隣は楽しい。 「嘘、こっちあげるよ」 投げたブラックコーヒーはすっぽりと夏目の手に落ちた。夏目は黙って缶を開けるから、鬱蒼とした歌は最初からなかったように消えた。 分かり合うだなんて当の昔に諦めた。 別の人間から同じ部分を探す遊びはひどく退屈で、ずうっと昔に飽きてしまった。
絶 望 に は も う 飽 き た
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