昔から要点をノートにまとめるのが得意だったけれど、単純作業も嫌いではなかった。パチンパチンとホチキスを打つ単純な音が響く。 生徒会で作業をするというのは建前みたいなもので、本当はただ無駄な時間を潰してくれるものが欲しかっただけなのかもしれない。それは別に勉強でもテニスでも友人でも恋愛でも何でも良かったけれど、たまたま生徒会という組織は内申も上がるし色々お得な情報も入ってくるから悪くないと思ったし、一番自分に適しているような気もした。 作業を終えて窓から校庭を見下ろすと園芸部が植えたチューリップが満開に咲いているのが見えた。あぁ、この間芽が出たばかりだと思っていたのに。 「全く、時間が経つのは早いですね」 あたたかい風に吹かれて揺れる花びらを眺めていると、遠くの小学校から下校のチャイムが聞こえてきた。それは昔住んでいた村で流れていた村内放送の音質とよく似ていて、懐かしい反面で少しだけもどかしい気持ちにもさせられた。 空槻くん、佳乃子ちゃん。ふいにその名前を思い出す。 先日幼馴染からその名前を聞いて驚いた。けれど、それ以上に自分が使わない単語を大切に覚えていたことの方が驚きだった。もう二度と会うことのないであろう幼馴染とかいう甘酸っぱくて都合の良い存在に、僕は無意識のうちに甘えていたのかもしれない。 僕は彼らのように従順な子どものままではいられなかった。 そろそろボールペンのインクがなくなることを思い出して立ち上がる。チャイムの音はもう聞こえなかった。 マ ス タ ー テ ー プ は 腹 の 底 置きっぱなしの体操服を取りに教室に寄ると、クラスメイトが一つの机を囲んで何やら話をしているのが見えた。八千代くんに英くん、漣くん。八千代くんと英くんはよく一緒に行動しているのを見かけるけれど、男子よりも女子と駄弁っている時間の長い印象のある漣くんも一緒とは珍しい。 「あっ和嶋」 「何をしているんですか」 「イケナイこと」 ははっと冗談ぽく笑った漣くんだったけれど、どことなく表情が笑っていなかった。彼は嘘を吐くのがあまり得意ではないようだ。 開かれていたページは奇妙な猫のようなかぶり物をした芸能人の特集で、その人は最近プログラム優勝者であることを公にして話題を集めていた。名前はよく覚えてないけれど顔は見たことがある。 「突撃インタビュー?」 「読む?」 読むとも読まないとも返事をする前に八千代くんがそれを渡してきて、さほど興味のない特集を斜め読みする。ページを割いている単独インタビューにはいかに政府が素晴らしい存在でプログラムによって自分が成長できたか、今後は国のためにどうのこうのと書かれていた。 へぇ。 「全く嫌だねぇ愛がないねぇ。ぼかぁもっといいニュースが聞きたいよ」 困ったように八千代くんが笑った。彼の好き嫌いの基準は愛があるかないかによるらしく、じゃあ愛があればすべてが許されるのかと言えばそうでもないようで、面倒くさい人だと思ったのが第一印象。 「ええまぁ、そうですね」 適当に相槌を打ってみたものの、そんなこと微塵にも思わなかった。よく喋るキリシタンだと思ったのが第二印象。 「『僕たち国民はプログラムにもっと積極的に参加すべきです』だって、あっは。洗脳?政府さまさま?馬鹿みたい」 「だよなぁ、人を殺して平然と生きていける社会はおかしいもんな」 愛がない、と八千代くんは強調した。 そんな二人のやり取りを漣くんは口を挟まずに頬杖をついて眺めていた。何かを考えているようにも見えたけれど、この話題に飽き飽きしているようにも見えた。 僕は無責任な反政府思考が好きではない。ぎゃんぎゃん騒ぐのはいつだってその権利に値しない人たちばかりで、言いたいことがあるなら実力をつけてからにして欲しいと思う。 大人しく頷いておけば円滑に物事が進むということを馬鹿な中学生たちは知らない。知らない。 馬鹿。内心でひっそりと毒づいた。 「和嶋はどう思う?こいつが崇拝するプログラムとかさ」 雑誌を指差す漣くんの言葉に冷めた悪意を感じた。そういえばこの人の口から政府がどうとかプログラムがどうとか聞いたことがなかったなぁとぼんやりと思う。まぁどうでもいいけれど。 「さぁ……政府の考えることは難しくて僕にはよくわかりません」 「他には?」 だらしなく机に寝そべった英くんが退屈そうに笑った。 何を言ってるんだこいつ。人に意見を求められることはこれまで何度もあったけれど、そのときはこんな感じではなかった。 「……特に異論はありませんよ」 「あっは、ゴム食ってるみたい。模範解答かっつーの」 英くんが目を細めて笑った。 あずさ、と言いかけた八千代くんに英くんが「黙ってて」と言わんばかりに悪戯に笑顔を向ける。 「なんかつまんないんだよねー和嶋。せっかく頭が回せるんだからもっと面白いこと言えばいいのに」 自分の意見を素直に言うところは好感がもてるが、人の性格をとやかく言うところは正直良いとは思えない。貴様何様だ。 「お前もっと面白いこと言えるでしょ、務くん?薄っぺらい笑顔だけじゃ本音は伝わらないよ?」 黙れチビ。 僕は努めて口角を持ち上げた。 |