砂浜に手紙を書いた。どうせすぐに消える。 潮騒は眠るように穏やかだったけれど、逃げ出したくなるくらい酷い暑さだった。例えば冷たいプールの中とか、がんがんに冷房の効いたコンビニだとか、それが無理なら野球部の外倉庫の日陰でもいい。汗を吸ったポロシャツがべったりと背中にくっついている、暑い。 海はどこまでも無機質で、感情を失った透明な青がどこまでも続いていた。 「貴子」 低い声で桔平が呼んだ。中学に入ってから私のことを苗字で呼ぶようになった幼馴染は忘れた頃に名前で呼ぶ。 「何」 「アイス溶けるよ」 「あっ!そうだった」 私と桔平は所詮幼馴染というやつで、小さい頃から姉弟のように扱われて育った。私の誕生日は7月8日で桔平は8月7日で、ぶっきらぼうで愛想の悪い桔平と世話焼きで姉御気質の私は人から見ると正反対だったけれど、私にとっては余計な気を使わなくて済むから楽な存在だった。 そういえば、桔平とは毎年海に来ているような気がする。 君 が 傷 口 に 沁 み る 「だからジュースにしろって言ったのに」 野球で焼けた浅黒い肌が太陽の強さを証明するようで恨めしい。 「あーアイスー……」 コンビニから海までの距離を考えると、溶けない方がおかしかった。手元のアイスは暑さに負けて諦めたようにどろどろと溶ける。 「いる?」 私が返事をする前に飲みかけのコーラを差し出した。 「ありがと」 喉を流れる炭酸水が心地よい。もらったコーラで感情を胃の奥へ、奥へ、流す。 「……何か、あった?」 「うん」 私はそれ以上は何も言えなかった。幼い頃から馴染んでいるはずなのに、肝心な話はいつもここまでだったりする。 「変な顔」 桔平が馬鹿にしたように笑った。人見知りの激しい桔平は滅多にそんな風には笑わないから、私はその笑い方が案外嫌いじゃない。 後ろめたいことがあるときには海へ行く、これが私と桔平と海の関係だ。初めて家出をした先も海だったし、私が剣道の試合で負けて大泣きしたときも桔平が野球少年団の先輩と喧嘩して泣かされたときも海に来た。お互いが言い出しにくいことをこっそり打ち明けるときには、どちらからでもなく海に誘い出した。 「波、強くなってきたね」 「……そうだね」 砂浜に書いた言葉は波に流されてもう原型を留めていなかった。なんとなく何かを書いた跡がみっともなく残っていて、それが妙に気恥ずかしかった。波に流して忘れて、いや、いっそなかったことにしてしまいたかった。 太陽は眩しくて波をきらきら反射する。目頭がじんじん熱いのも、夏の所為だ。 「お前は変なところで我慢しすぎなんだって」 生ぬるい潮風が髪を攫って磯の香りがつんとした。私に優しいその言葉は聞こえないふりをした。 「泣いてもいい?」 「いいよ」 好きなのに、なんでこんなに悲しいんだろう。 |