いつもと同じチャイムが鳴り、授業開始を告げる。
 俺はいつまで経っても埋まらない座席に目を遣り、小さく息をついた。儀式のような習慣は無意味だと解っていたけれど、もう何度繰り返したか判らない。先生には悪いけれど授業なんて聞けるはずもなかった。
 南条、大丈夫かなあ。プログラムが終わって家庭のこともいろいろあるだろうけれど、こうも音沙汰がないと不安になる。
 開きかけた携帯を閉じて開いてまた閉じた。彼からの連絡はない。

「おっはよーひっさしぶりー!」
 結局、翌週の月曜に南条は何事もなかったかのような様子で学校に来た。
 末広や赤城と楽しそうに話す彼をちらりとだけ横目に見てとりあえずは元気そうだと安堵する。


ネ バ ー ラ ン ド 終 焉


 あの日を境に、南条は変わった。もう一人の彼の影もなく、どこか吹っ切れたような印象も受ける。
「あららゆっきーもとうとう服装違反常習犯デビュー?」
「えへへーどうかな?」
「似合う似合う」
 数日ぶりに会った彼は制服を着崩していて、ピアスをして、指輪をつけていた。先生の指導が入ってもまだ懲りない様子でへらりと笑っている。
 あぁ、その笑顔が危ないんだ。わかってる?いつか崩れてしまうんじゃないかって、俺は心配で心配で仕方がないんだ。
 あと妻木さんと話すようになったような気がする。プログラムの前からたまに話す姿は見ていたと思うけれど頻度が増えたような。部活の方にも顔を出すようになったみたいだし、遊びに勉強に部活と色々積極的になっているのは結構だけれど、無理だけはしないで欲しいと切に願う。

「旬っ!ゲーセン行こうよ!」
 弾けるような明るい声が聞こえる度に、俺は嬉しさと寂しさと心配とよくわからないものがごちゃごちゃと溢れかえって胸がいっぱいになる。
 南条は必死になってセカイに追いつこうとしているようにも見えたし、セカイから逃げようとしているようにも見えた。
 勿論変わったのは南条だけじゃない。俺だってひろだってほかのみんなだって、プログラムをきっかけに少しずつ、でも確実に変わった。それでも南条は明らかに違っていた。別人になったとまでは言わないけれど、光を全て凝縮させたような眩しいくらいのエネルギーと不安定なきらめきは悪戯に俺の不安を煽った。

 俺と南条はと言うと、南条が登校するようになって数日経っても、目も合わないし、話しかけられない日が何日も続いた。クラスメイトで大切な友達で大切な幼馴染が、ふいに遠く感じる。彼は俺に対して迷っているようにも躊躇っているようにも見えた。あのことを悔いているのかもしれないし、そもそもまだ気持ちの整理がついていないのかもしれなかった。
 俺から近づくことは簡単だ。けれど、俺の身勝手な行動で彼を傷つけてはいけない。
「……けど、なんでだろう」
 俺の決意とは無関係に気持ちだけが重く沈む。心臓が痛い。俺は今でも南条を友達だと思っているけれど、南条は俺のことをいつまでも友人だと思っているとも限らない。
 幼い頃から続いていた関係もこのまま水に溶かしたように薄れていって、記憶は滲んでいつかは忘れてしまうのだろうか。
「……幼馴染の、名前だけ、残るなんて、そんなの」

(俺は、最後までお前の友達でいたかった。)
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