ナンちゃんを雪ちゃんに預けて草だらけの道をどんどん進む。遠くに人が見えたような気がした。視界の端に写ったそれは眩しい深緑の中に確かに青と黒を残した。もしかして、もしかして。その思いがうだるような暑さを忘れさせてくれる。 視力がいいのは昔からトイロの自慢だった。 「のりくん……!」 トイロが見つけたのは確かに黒髪の五南生だった。けれど違った、のりくんじゃない。のりくんよりも背が低くてパーマをかけたみたいな髪型の男の子。名前はわからない。 「のりくん?」 黒髪のその人は細い目をさらに細くして怪訝そうな声をあげた。 「トイロは楢本十色。五南の法水秤くんを探してるの」 「法水……ふうんあんたも」 そう言ってその人はゆっくりとこちらに銃口を向けた。ポーズの確認をするみたいにゆっくりとした動作だった。 撃たないだろうな、と漠然と思った。少なくとも今すぐにでも攻撃してくるほど殺気立ってる感じもなかったし、混乱している風でもない。君も?って尋ねると彼は首を軽く横に振った。 「そんなことあんたにはどうでもいいでしょ」 「君は……えーっと、名前聞いてもいいかな?」 「宮古英」 『ミヤ』という音を聞いてそういえばミヤちゃんは無事だろうかと心配になる。繊細で心優しい彼女のことだ、どこかで震えて泣いているかもしれない。ミヤちゃん大丈夫かな。 「宮古くんはなんか、考えているね。すごく落ち着いてる」 「そうかな。例えば、あんたが自殺してくれないかな、とか考えてるよ」 「自殺?なんで?」 初対面の人に死ねって言うのか。まぁプログラムだから仕方ないと言えばそうだろうけど、宮古くんからは言葉以上に殺そうとする意欲が伺えない。まるで夏の屋外にわざと食べ物を放置して腐らせてしまうように、自然に死んでいくのを待っているみたいだった。 「このプログラムの価値を落とすためだよ。だってこんなこと続けても意味ないじゃん」 言ってることはわかるけれど、どこまで本気かわからない態度は元々の性格なのかもしれない。春中にはいないタイプの人間で純粋に面白いと思った。 「楢本は人探しだけ?優勝でも狙っちゃう?」 「ううん、トイロの目標は優勝じゃない。タイムアップでみんなで死ぬことなんだ」 真っ赤な色したあのノートを見たとき、お兄ちゃんは一人で死んだんだって思った。 「ひとりぼっちで死ぬのは、悲しいよ」 「あっは、お前何言ってるの?」 掠れかかった声に鳥肌が立った。宮古くんは口元こそ笑っていたけれど、目が笑ってない。 「現状わかってる?プログラムだよ、プログラム。俺たちはこの頭おかしい舞台にいるだけで何をやってもバッドエンドなんだよ。友達と会っても幼なじみに会っても好きだった人を見つけても、たまたま会えなくても、殺しても傷つけられても、何もしなくても」 分かり合えないと思った。それは少し寂しかったけれど、でもそれ以上に何も言わないで欲しかった。宮古くんが喋るたびに黒いもやみたいなものがまとわりついて、真綿で首を絞めつけられるようだった。 影が差して昼間にしては薄暗い森の中に、じんじんと蝉の鳴く声がこだまする。 そ れ が た と え 、 死 を 告 げ る と し て も 「楢本、甘いよ。もし本当にそうしたいなら、今ここで宮古に死なない程度に危害でも加えて戦闘不能か少なくとも動けない状態にくらいにはした方がいい」 「つまようじで?」 「そう、つまようじで」 支給武器の爪楊枝を見せると宮古くんは薄く笑った。 「こうやって」 宮古くんは爪楊枝を奪って躊躇うことなくトイロの甲に押し付けた。痛い。 「宮古くん……痛いよ」 「だろうね。でも本気でタイムアップを目指すなら、これ以上の覚悟がなきゃいけない」 「でもそれって……!」 「煩いなぁ、お前みたいな面倒な奴に構ってる暇はないよ。宮古もう行くね」 「宮古くん!」 「お前だって『のりくん』とか会いたい人がいるんでしょ?時間ないんだよ」 追いかけようとしたけれど、雪ちゃんとナンちゃんを置いてきたままだったことを思い出す。あぁ、悔しいけれどトイロももう戻らないと。 「願わくば、俺もあんたも望み通りの死に方ができますように」 最後にそう言った宮古くんの声は全然感情がこもっていなくて、残酷だと思った。 政府のやることは間違ってるし、プログラムの価値を下げたいって根本的な考えは宮古くんと一緒だと思う。 けれど、平気で人を傷つけるその笑顔には共感できない。トイロは自分もみんなも傷つけない。 |