空気が冷たい。 かじかんで赤くなった手は秋を過ぎた頃からかさついていて、いよいよハンドクリームが欠かせない時期になってきた。多分鼻先も真っ赤になっているだろう。 でもわたしはカメラを握るからなるべく手袋はしたくなくて、記憶の中のお父さんを真似するみたいにアイボリーのポンチョに両手を突っ込んだ。寒い。 空を見ると赤とだいだい色のグラデーションが薄い紫と藍色のカーテンに混ざり合っていて、そのからっぽの高さに息を呑んだ。すぐにカメラを構えてピントを絞る。 「やっぱりさ……」 レンズ越しに夕日を眺めながら、わたしは日の沈む早さを実感する。 神 さ ま 不 在 の 庭 「あ」 凄いところを見てしまった。笑いを堪えて英を見る。 「うわ、何」 休みの日に英が外に出ているなんて珍しかったけれど、それ以上にわたしは英がいた店が女の子が好きそうな雑貨屋だったことにびっくりしてしまった。 「何って…英こそ何してたのさ?」 「宮古は永久にクリスマスプレゼント買いに」 「とわ」 「愛良の愛妹」 英が小馬鹿にしたように笑った。違うさ、そこは笑うところじゃないさ。私はかさつく言葉を飲み込んだ。どうせこの人には伝わらない。 「まぁ宮古はキリシタンじゃないしクリスマスなんてどうでもいいんだけれどね。見知らぬ外人の誕生日を手放しで祝えるほどおめでたい頭を持っていないしトチ狂った信者でもない」 英が呟く『ミヤコ』と言う音にまだ慣れなくて、わたしはその違和感をひっそりと引きずっている。『ミヤコは』って自分のことを話しているはずなのになんとなく他人事のような距離を感じる。 英は自分の扱いにも他人の扱いにも無神経だ。特別どこがって言うわけじゃないんだけれど、なんとなくさ。愛に溢れているはち君と一緒にいるから尚更そう見えるのかもしれないけれど。 「英が隣人愛を語ったらきっとみんなびっくりするさ」 「あっは、宮古だって利益があるなら愛してやるよ」 わたしは奴の目を見られないから焦点を少しだけ離して癖の強い黒い髪だったり実は綺麗に手入れされている黒い爪だったりを見るようにしている。そういえば、英も手袋をしていない。 「ところで芽村は何しに来たの」 「カメラのフィルムを買いにさ」 英が悪戯っぽく笑った。 「全く色気がないね」 「余計なお世話さ」 けれどクリスマスが近い今、英がそう言うのも無理はない。街は節電を忘れたかのようにきらびやかなイルミネーションで輝いていたしどこのお店に行ってもクリスマスキャンペーンをやっていた。 「……そういえば芽村も今月誕生日だっけ」 英が突然歩くのを止めるからわたしは英の黒いコートに頭から突っ込んでしまった。止まった張本人が迷惑そうに振り返る。 「わたしの誕生日は先月さ」 「ふーんおめでとう」 「もっとちゃんと祝って欲しいさ」 「んー何して欲しいの?14歳のお祝い」 わたしはちょっと考えてからカメラを向ける。 「……被写体!カメラの被写体をして欲しいさ」 「やだ」 英は面倒くさそうに笑った。 どっちが帰ろうと言った訳でもなかったけれどそのままバス停の方向に歩き出す。わたしも目的以外に予定がなかったし英のあとをついて歩く。 バス停にはち君がいた。 「愛良じゃん」 「おーおーこんなところで会うのも珍しい」 「はち君もお買い物さ?」 「んーぼかぁちょっと新曲探しにふらふらっとな」 寒い寒いと繰り返すはち君は鈍いカーキー色のジャケットを着ていて学校のときよりも幾分大人っぽく見えた。背の高いはち君を見ているとこれだけ背が高かったら見える景色も違うだろうなぁといつも思う。 はち君のレンズで見る世界は、きっとすごく綺麗だ。 「愛良、これ永久に」 「何これ」 丁寧にラッピングされた小さな包みを見てはち君がきょとんとした顔で英を見た。 「クリスマスプレゼント」 「ぼくには?」 「ないよ」 当然のように英は言った。 「あずさのばかー!あずさはぼくへの愛が!!足りて!!ない!!」 「じゃあそのレースまみれのバレッタ愛良にあげるからさ、明日学校につけて来いよ。あっは」 「ちょおお!違うだろ!そういうことじゃないだろおお!!」 みんな私服でバスを待っているのに、いつもみたいな冗談混じりの会話をしていて、そのちぐはぐな感じがなんかおかしかった。 「芽村何笑ってんの」 「いや、かわいいバレッタつけたはち君なんて滅多にないシャッターチャンスだと思ってさ」 「え、ちょ、ゆきじちゃん?!ぼかぁつけないよ!」 電源を入れずにカメラだけ構えると焦ったようにはち君が後ずさりした。シャッターチャンス逃したかな。やっぱりはち君はおもしろいさ。 時計台の時報が聞こえて思わずみんなで上を見る。 「6時、さ」 気づいたら卵の黄身みたいにつるんとした夕日が深い闇に溶けていた。暗い暗い夜が来る。 バスが来るまであと少し。 |