冷えた大きな窓から外を覗いてみたけれど深々と降る雪の音は聞こえない。立て付けの悪い暖房機はガタガタと不規則に揺れ、熱と埃を同時に吐き出していた。今日は一段と寒い。 「寒いわね」 「えぇ」 私は彼女の携帯電話に視線を移した。真っ白な携帯電話に大きくデコレーションされた白いバラが嫌でも目に付く。ロサブランカ、スペイン語で『白いバラ』と言う意味だそうで、その音が彼女の名前によく似ていると思った。あちらの地方ではバラのことをロサとかローサとか呼ぶらしい。 視線に気づいた目白さんがちらりと私を見た。 「白いバラは花言葉で『尊敬』とか『私は貴方にふさわしい』って意味があるの」 自分のことでもないのに彼女は誇らしげに笑った。ロサブランカ、目白さんの好きな花。純白の象徴。 いつもそうやって笑っていればいいのにと思った。根緒さんや圷さんに向ける嫉妬に塗れた表情は可哀想で見ていられない。 「そういえば、『デンドロビウム・ヒメジ』という種類の胡蝶蘭があったわね。この前博覧会でたまたま目にしたのだけれど、とても香りが良くて綺麗だったわ」 思い出したように言ってみせると目白さんはわかりやすく顔色を変えた。ほら、その表情。品がないわ。 胡蝶蘭の花言葉は『幸福が飛んでくる』、無邪気なのに品があって圷さんに相応しい花だと思った。きっと彼女によく似合う。 「ユリもすみれもヒメジも花の名前だなんて、なんだかおかしいね」 とても、とても小さな声で栞末さんが言った。ぼんやりしていると彼女の声は聞き逃してしまうくらいひっそりとしている。彼女の選ぶ言葉は子どものおまじないのようで可愛らしいとは思うけれど、彼女は自分一人だけでは何一つできないから私の隣には見合わない。 き み は だ れ か の 青 い ば ら あ、そうそう。思い出したように目白さんが言った。彼女の声ははきはきしていてよく通る。 「純は糸偏の『綾』って、漢字は違うけれど桜をモチーフにした淡いピンクのスプレーバラがあるの。祷は『時の祈り』っていう中央がピンクでその周りがアイボリーの綺麗なバラがあってね」 「わぁ、きれい」 目白さんが携帯でそのバラの画像を見せてくれた。なるほど、確かにきれいだ。ピンク色のバラの花言葉を調べてみると『上品』『しとやか』と出てきた。なるほど、あの二人によく似合う。 それにしても目白さんは本でも音読するかのごとく滑らかにバラの情報が出てくる。彼女の頭の中にはすべてのバラの品種が網羅されているんじゃないかとさえ感じた。 「サイコもサユキもあるのよ。サイコクミツバツツジの花言葉は『節制』、サユキスヴォイスの花言葉は『はにかみ』」 「サユキスヴォイス?」 「ナツイロロウバイの別名だって」 「ふぅん」 目白さんと栞末さんは小さな画面を見ながら楽しそうに話を続けた。 ナツイロロウバイは花と呼ぶには遠いかもしれないがサバサバとした印象は篠永さんらしいと言えばらしい。根緒さんはツツジなんかよりも牡丹とかラナンキュラスだとかもっと色のはっきりとした大輪が似合うだろう。あぁでもよく食べるから得体の知れない食虫植物のようなものもいいかもしれない。 「すみれはすみれ。花言葉は『無邪気な恋』。おんなのこはみんな花になれる」 そう言って栞末さんは小さく笑った。目白さんは普通に話しているように見えるけれど、私にはなぜか彼女の言葉が聞こえにくい。聞こえないわけじゃないんだけれど。 私は花になどなりたくもなかった。季節が巡って決まった時期に特定の花を咲かせることはその花個々の恣意ではなく誰かの策略のような気がした。根を張ったまま動けずに周りに与えられながら暮らすよりも、多少のリスクを背負ってでも自由に動ける方がいい。 満足に動かせない右足は今日も私の自由を阻む。 「そう言えば黒百合の花言葉も『恋』だったわね、合」 目白さんの言葉に栞末さんが頷いた。 「ユリは誰に恋するんだろうね」 栞末さんの大きな瞳は純粋な闇を集めたようで、その色に私は安堵する。 あら、黒百合の花言葉は『恋』だけじゃないのよ? |