パーカーにジーパンっていうラフな格好で表へ出る。首に引っ掛けておいたイヤホンをつけて再生を押したらすぐに聞きなれた男性ボーカルの声が通る。雑踏の中を飛び交う賑やかな声だとかすれ違う学生の他愛ないお喋りだとかが一気に薄れ、繰り返しの作られた音声にだけ気持ちを預ける。 周りの音なんてどうでもよくなって、勢いに任せてそのまま駆け出す。

 RADWIMPSの曲で、「未来と過去 どちらか一つを見れるようにしてあげる」っていうのがあったんだけれど、俺は過去よりも未来が見れるようになりたかったなぁ。そうしたらもっと早く桜庭さんたちに会えたかも、なーんて。
 過去を思い返してもいい思い出よりも圧倒的にそうでないものの方が多い。過去なんか覚えていない方がうまく生きていけるはずだ。ドラマとかではよく思い出にふけったりとかするけれど、はっきり言ってださい。
 日が沈んで、見慣れた町並みに影を落としていく。そして一番思い出したくないことを思い出す。

 夜よりも夕方の薄暗い時間が一番嫌いだった。雷がいうには大きな災いの起こりがちな時刻という意味で「逢う魔が時」っていったりもするらしい。
 夜は暗闇が全てを誤魔化してくれるけれど、輝くオレンジ色の大きな塊は誤魔化すことを許してはくれない。夕方に思い出すことはいつだって不愉快な感情とどうしようもない焦燥感だけで、それは俺を酷くいらいらさせる。いっそ苦い味なんて忘れてしまえれば、楽なのに。
 たまに「帰れ」「帰れ」と急かされているような気がして、不安に駆られて小さな街中を逃げ回る。


「あれ、稔?」
 突然声をかけられて息を呑んだ。俺と瓜二つの顔の他人は無防備な笑顔でにこにこと近づいてきた。
「うおっ、泉じゃーん! どうしたのさ、こんな時間に」
「雷くんがケチャップが足りなくなったって言ってたから、ちょっとお使いに」
「そうだったんだー」
 泉は最近一緒に住み始めた桜庭さんちの居候だ。見た目はほとんど一緒だけれども、性格はやっぱり俺と違って、中学生なのに結構しっかりしている。
 今日はオムライスかな、なんていうとハンバーグだよと笑って返される。俺と全く同じ顔の造りなのに泉はかわいい。桜庭さんとも雷といるときとも違う新しい雰囲気に俺も自然と笑顔になってくるんだ。

 泉と同じ方向に足を出すと、双子の影も一緒に動き出す。泉が不思議そうに尋ねてきた。
「え?稔はお出かけじゃなかったの?」
「やー別に、ちょっとふらっとしてただけー」
「そっかぁ」
「そっ。だから帰ろう?」
 調子に乗って手なんて差し出すと、泉も素直に手を伸ばしてきてそのままぎゅってしてくれた。嬉しいような恥ずかしいような顔の二人はお互いに顔を見合わせて一気に噴き出した。

 童謡のような懐かしい音が辺りを包む。かごめかごめももうおやめ。逢う魔が時だよ、おうちに帰ろう。
 ま、本当の「おうち」はごめんだけどね。まだ俺は「桜庭さんちの」稔くんでいたいんだ。


お う ち に 帰 ろ う


 でもさ、こんな些細な楽しいこともいつかは忘れちゃう日が来るのかな。やっぱ未来が見えなくてもいいから、こういうことは憶えていたいな、なーんて。
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